いつの間にか冬季北京オリンピックが開幕され、いつの間にか閉幕してしまった。
生で見た競技はなんと1つもない。全て結果を見ただけだ。
なんでこんなにオリンピックに対して興味が薄れてきたんだろう。
学生の頃だと、どんな競技でも見れるものは見まくっていたのに。
ちなみに北京オリンピックは、夏冬で同じ場所でオリンピックが開催されたのは初めてらしい。
地球は北半球と南半球で季節が逆転しているけど、例えば夏のオリンピックを南半球で開催したらビーチバレーとかトライアスロンはガクブル激寒でやるってこと?
私が記憶している限りでは、シドニーオリンピックがあったはずだけど、そのときの大会の雰囲気なんかは覚えていない。寒かったのかな?
オリンピックは北半球の人たち主体でやっているっってこと?
番組表を見ていない
新聞をとっていたら、テレビ欄がもれなく付いてくる。
小学生の頃はテレビ欄と4コマ漫画だけを新聞を見ていた。そう、読んでいたのではなく見ていたという表現が一番近い。だって何も考えていないんだもん。
ところが今は新聞をとっていないので、テレビ欄というものを見る機会がない。
あとはリモコンには番組欄というボタンがあり、それを押せばだいぶ先の番組予定まで見ることができる。
ただこれはあまり使うことがない。そもそも絶対に見たい番組というものがあまりないから、番組欄を見る必要もないからだ。
そうなるとだんだんテレビで何をやっているのか疎くなってくるし、毎週楽しみにしているような番組も無くなってくる。
そうか、こうやってテレビ離れが進むのか。
神聖さがなくなってきた
なんとなく、この前の東京オリンピックあたりからオリンピックに対する神聖さがなくなってきている気がする。
東京オリンピックでは、まだ日本に新型コロナワクチンが行き届いていない中開催されるべきなのか、みたいな議論が世間で盛り上がっていた。
国内のライブは中止されているのに、オリンピックが開催されるなんておかしい!みたいなね。
開催しても中止しても、非難が起こるような状態だったのが、選手からしたら気持ちが落ち着かなかったと思う。
結果的に開催されたことはよかったと思うけど、これも結果論。
北京オリンピックでは、そういう議論は盛り上がっていなかったけど、実際のところ中国ではどんな意見があったんだろう。
デジタルデトックス
主にニュースだけど、見ていると疲れてくる。
自分に全く関係ないニュースを見ても、何をどうすることもできないくせに、自分ごとと捉えてしまって精神的に疲れてしまうのだ。
特にテレビは、ずっと番組が流れているので、自分でチャンネルを変えない限りは不必要な情報まで与えてくる。
どうしてもテレビはダラダラと見てしまうのもあり、いっそのこと見なければいらない情報も得ることがないから、精神衛生上よくなると考えまずは手始めにテレビを惰性で見ないようにしてみた。
するとテレビを見ていた時間で、自分が見たいYouTubeだけ見たり、本を読んだりと、自分が癒されることに時間を使うようになってきた。
4年に一度は珍しくない
アラサーともなると、4年に一度はもう何度も訪れている。
そうなると珍しくもなんともなくなってくるもの。
誕生日とか大晦日も、年に一度のイベントだけど年々貴重な感じがなくなってきている。
オリンピックにも同じように、貴重な感じが薄れてきている気がする。
もちろん出場する選手は、選手生命賭けてるから生半可な気持ちで挑んでいないのはわかる。
もっと1日1日を大切に生きなきゃな、と思ってきた。
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